2024年9月から連載してきたこのスパンティークブログもいよいよ最終回です
連載完了までに、遠征から帰ってきてから9ヶ月もかかってしまいました…
(斜めの文字はY子さんが記入)
【6月26日】 スカルド滞在 デブリーフィング 装備リスト作成 観光
Mグは早朝から久しぶりのYouTubeを楽しんでたが、途中で停電しWi-Fiが切れました 度々起こる停電にはさすがに慣れたし夜に照明が消えて真っ暗になってももう驚かないけど、でも毎回“あーぁ(´-`).。oO”って気持ちになる(笑)
7:00朝食 MミちゃんとN田さんが体調不良 N樹さんはMミちゃんの看病
いま思い返すと、遠征中は常に誰かが体調不良で、ずっと“マザーテレサ”(Y子さんの現地でのあだ名(笑))に頼りっきりでした
隊長、Y子、GUTTI、Mグでエージェントの事務所へ行き、日本へ送り返す装備のリスト作成
荷物はスカルドゥのATPオフィスから日本へ送ってもらえるとのこと 私たちがスカルドゥ→イスラマバードまで飛行機&イスラマバードの郵便局で日本へ発送手配をしなくて良くなり、大変助かりました
このときは私の自宅まで送ることが出来るという話であったのだけど・・・


私たちの作業中にシャキールとブショーが、登山中使用した個人テントの洗濯をしていました
事務所周囲にはアプリコットの木が植えてあり緑色の実がなっていました

建物の中の一室のデスクに座っていた偉そうな人と私たち三人が横並びで対面する形で座って、遠征全般について詳しく感想を聞かれました。けっこう細かく質問されます。英語でのやり取りに必死だったため全くメモができず聞かれた内容はおおまかにしか思い出せませんが、エージェントの対応、トレイル上の自然環境について気になったこと、食事などの良かった点悪かった点、要望・不満、費用の高い安いなどだったと思います。一瞬で終わったブリーフィング(5/29の入山手続き)と時とは違って30分くらいかかりました
作業後、グルと一緒に隊長とMグがスカルドゥの観光省(かな?)へ行きデブリーフィング(下山手続き)
その後、スカルドゥで昼ご飯、お土産買ったり街を散策

行きは万が一お腹をこわしてはと思い、見るだけだった屋台の食べ物
Mグがリンゴのフレッシュジュースに挑戦!
パキスタンでお腹が強くなった?のかぴんぴんしていたので案外大丈夫なのかも


お昼ご飯 メニューはこんな感じ


写真とはなんか違う物が出てきました 4人でお腹いっぱい食べて日本円にして600円ほど


この日の夕方、グルがスカルドゥから車で1時間ほどの場所のカチューラ湖へ観光に連れて行ってくれました
今までの疲れやお腹の不調が出てきた隊員もちらほらで、元気な3名(TAKA・Y子・Mグ)で行ってきました



今までスケールの大きい山々を見てきたのでまあまあ綺麗・・という感じでしたが山の近くのパキスタン人しか見てきていなかったので、私は景色よりもいろんなパキ人がいるなーと観察していました
女性も自由な服装だったし、場所にもよるのもしれませんがあまり厳格なイスラム感がなかったです



【6月27日】 スカルドゥからイスラマバードへ
9:30ホテル出発 9:50スカルドゥ空港着
長らくお世話になったグルとはここでお別れです


12:00イスラマバード空港着
入国した時に迎えに来てくれていたフセインさんがまたお迎えしてくれました♪

イスラマバードの気温は39度!!覚悟していたけれど灼熱です
冷房の効いたホテルかショッピングモールのようなところにいないと耐えられません
小さいお店にも扇風機はあるけれど気温が高すぎ熱風が移動してくるだけでした禁酒のイスラム圏に冷えたビールが売っているわけもなく、そろそろ禁断症状が・・・手続きすればホテルで飲むことは出来るらしいですが味はイマイチと聞いたので帰るまで我慢
14:00ホテル着 5/27に滞在したホテルと同じホテルに滞在

(ホテルの詳しい様子はブログ①【5/27】をご覧ください)
15:00 ホテルからフセインさんが手配してくれた車に乗って、TAKA隊長&体調がまだ悪いN田副隊長に代わってMグがイスラマバードにある在パキスタン日本大使館を訪問 セキュリティが超しっかりした建物 中に入れるのはTAKAとMグのみで、フセインさんとドライバーさんは外で待っていてくれます
事故発生後から衛星電話でやりとりをしてくれていた大使館の職員さんお二人(日本人)とご対面 H岡さんとT口さんのパスポートやお財布、カメラ・携帯などの貴重品のみお渡しする(他の荷物はATPが日本へ届ける手配をしてくれる) 一時間ほど事故時の状況を簡単に話し、写真をお見せしたりしました
H岡さんを迎えに行ってくれるヘリがいつ飛ぶのかを職員さんへ尋ねたところ、“ヘリは飛ばさない”とご家族の方が決めた事を教えてくれました…
大使館職員さんによると外の気温は42℃前後あるんじゃないかとのこと(^^; ほんと暑い!!建物から外へ出た瞬間に胃腸が気持ち悪くなります
18:00 ちょっとでも日本食っぽい物を求めて入った中華料理屋さん

20:00 MグとY子さんでホテルの目の前くらいに有るショッピングモールへ行き、缶入りポカリスエット(まがい物ではなく大塚製薬製の本物!)を発見! こんなところで日本の飲み物が売ってるなんて♡ Y子さんがお腹を壊しているN田さんへ差し入れ♪
【6月28日】 帰国:イスラマバード→タイで乗り換え→成田→羽田→千歳
約1ヶ月の滞在中 他の隊員が何かしら胃腸炎症状ある中私はたいした症状がなく、食事は毎回美味しく食べていました
それでも帰国後体重が3キロ減っていたので登山活動中のエネルギー消費と高所で食欲低下した分かなと思います(帰国後のビールですぐ戻りました)
持参した整腸剤は7名で50~60回分消費 脱水症状を呈するような重傷の胃腸炎にはならずに済みました
ほかの医療面では高度障害に対する対処で、キャラバン開始から酸素飽和度と心拍数測定AMSスコア(高山病評価)をつけていましたが、個人差がありダイアモックスを内服するタイミングの判断が難しかったです
乾燥による咳に悩まされる隊員もいて咳止めが有効でした
外傷は打撲数名で絆創膏や湿布を少し使用した程度
隊員以外にポーターさんの足の傷やちょっとした怪我の手当を頼まれたりもしました
ちょっとので傷も「痛み止めが欲しい」とか「4日分眠剤が欲しい」などど言われ、必要あるのかな?と思いつつパキスタンの医療事情を考え渡していました

13:30 昼食はホテル近くの昨日とは違う中華屋さん
扇風機3台あるが暑い!
日本食屋さんはスカルドゥでもイスラマバードでも見かけませんでしたが、中華料理屋さんは簡単に見つけられました パキスタンの他のレストランには無いようなダシのきいたスープの麺類や点心など、日本人の口に合う料理にありつけます

15:00 チェックアウトの時刻に部屋を出て、16:00までフセインさんと一緒にホテルのロビーでお迎えの車待ち
フセインさんが誰かを見つけて親しげに会話
…あっ!ナジールさんだ!!
とTAKAが気づき、ナジールさんとお話ができました こんなところで会えるなんて!
ナジール・サビールさんはパキスタンで旅行代理店を営む実業家&元々すっごい登山家 奥様が日本人だそうで、日本語がペラペラでした
搭乗まで時間があり寄ってくれた巨大ショッピングモール


オウムと触れ合いコーナー

きっと珍しいからなのでしょう、ショッピングモールでお買い物を楽しんでいるパキスタンの方々が私とY子さんを横目で見てひそひそと「チャイニーズ、チャイニーズ」と言っているのが聞こえてきて、“違うんだけどな…でもそう見えるよな…”と複雑な気持ちになりました
パキスタンの男性は皆このような服を着ていました
薄手のさらっとした生地で首から足首まで覆われていますが、強烈な日差しと暑さには適しているのでしょう
にわかパキスタン人の二人

イスラマバード空港 往復利用したタイ航空 タイで乗り継ぎ帰国します


【6月29日】 日本着
乗り継ぎのタイで飛行機が大幅に遅れ、札幌組(TAKA、GUTTI、Y子、Mグ)は成田からの乗継便に間に合わず、急いで羽田に移動して日付が変わる前に何とか帰ってこれました
夜遅くにも関わらず新千歳空港にはJNYさん(中央労山会長)と日本事務局のISI夫妻が向かえに来てくれ向かえてくれてありがたかったです
【後日の作業 】
現地の話と違い発送荷物は成田で止まっており 成田からそれぞれの自宅までの発送手続きにどうしても成田に行かねばならず、隊長,Mグが日帰りで行って作業してくれました
これは想定外でしたが遠征は事後処理も大変です
①7月10日朝9時 まず成田空港から歩いて15分くらいのところにある“JALカーゴサービス”で着払い送料を支払い(約27万円:WEIGHT250KGM(樽1個、プラパールボックス4個、ダッフルバッグ&リュック8個)
②“税関”で通関手続き この通関手続きの時に、スカルドゥのATP事務所で作っておいた発送品一覧↓が大変役に立ちました! 一覧を作るのは骨の折れる作業だったけど、内容物の種類や個数まで細かく記録しておいて本当に良かったです この記録が無かったら、通関手続きにもっともっと時間がかかったはずです

③通関OKの書類を持ってJALカーゴへ戻り、荷物を受取り
④受けてくれる荷物の大きさや重さの関係で、荷物の種類によって宅配業者をかえなければいけませんでした。
ダッフルバッグ➡ファミリーマートから各隊員の家へ直送
樽➡成田空港内の佐川急便から発送
プラパールボックス➡成田空港内の郵便局から発送

TAKAが見ているのはスカルドゥで作った発送品リストの清書
金額的にいくら相当の物を“輸入”したのかの申告が必要


暑い中お疲れ様~
作業には丸一日費やしましたが、とにかく一日で完了して良かったです
手元に戻ってきた荷物をチェックすると、洗濯用洗剤や化粧水などの液体と乾電池が入っていませんでした スカルドゥ~日本への途中のどこかで抜き取られたようです
【この他の帰国後の隊の活動】
7月16日 中央労山例会にて遠征の報告
7月28日 秀岳荘店員向け遠征報告会
7月31日 ウタリ北海道K2登山隊解散
≪最後に≫
本当は2024年9月中に仕上げることを目標にしていたこのブログの連載ですが、想像以上に時間がかかってしまいました 隊員全員での報告会は開かず報告書も作らないので、私の経験したことを多くの皆さんに伝えれる主な手段はこのブログでした できる限り沢山の事を伝えれるようにと私は努力しましたが、難しかったです 正直、⑤以降の更新はできないか…と諦めようとした時期もありました
でも、「続きはまだなの?」「楽しみにしているよ」「文章が読んでいて面白い」などと中央労山会員さんから声をかけてもらえたりもして、ちゃんと最後まで伝えなきゃと邁進できて、やっと全部書き終える事ができました
連載の続きを待っていてくれた皆さん、ありがとうございました
改めまして、協賛してくださった企業様((株)モンベル、(株)KEM、(株)アライテント、(株)秀岳荘)ありがとうございました
中央労山会員&帯広労山会員を中心とした、資金援助をくださった皆さん、地図などの資料を貸してくださった方、勉強会を開いてくださった方、ありがとうございました
そして一カ月超えの遠征期間中、24時間絶え間なく隊の活動を気に掛け続けてくれていた日本事務局のISI夫妻さん&タツミンさん、そして中央労山JNY会長、ありがとうございました